いなたいショーケース

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【冬の東北旅】植樹作業のお手伝いを通して考えたこと

前回の更新からだいぶ経ってしまいましたが、12月はじめに行った東北旅のことを少し書き残しておこうかなと思います。

前回の記事↓

【冬の東北旅】陸前高田のソウル&ファストフード!?「みつわ飯店」 | 食 | Tactics 24

そもそも今回の旅の目的は、友人である光一さんの引っ越し作業だったのですが、個人的には大学の卒業研究を災害ボランティアを対象にしたものだったので、桜ライン311の活動見学と、スタッフの方にお話をお聞きしたいと思っていました。

陸前高田に到着するとすぐに桜の植樹へ。 この日はNPOに寄贈された桜の苗木を理事が植えていく、2013年の冬場では最後の日。 理事の皆さんのレクチャーを受けながら、陸前高田市内を植樹して回りました。

 

  植える場所は様々。 津波の到達点上を辿ると、小高い山や、民家の隣の畑の中や、道路の脇にも。 こんなところまで波が来たのか、と改めて自然の脅威を思い知らされました。

実際にやってみると、傾斜のあるような場所ではうまく穴を掘れなかったり、途中で大きな岩を掘り当ててしまうと少し場所を移さなければならなくなったり。苗木を一本植えるだけでも一筋縄ではいかない作業でした。

これを繰り返すのはなかなか大変なものです。陸前高田市内の津波の到達ラインは約170kmにものぼるので、この上に10m間隔で桜を植えるということを考えると、その本数は17000本。植え終えるには長い年月を要するこの方法は、正直に言ってとても効率的なやり方とは思えません。ただぼくには「津波の教訓を伝承する」という活動の目的を考えると、人の手で丁寧に一本一本、その土地の人たちとの対話を繰り返しながら植えていくことにとても意義があると思っています。

 

話は変わりますが、植樹作業を通して個人的に得たことがありました。

それまで卒論で使う文献でしか得ることのできなかった震災の知識や経験談を、植樹の際にお会いした方とお話をしたり、今は更地になってしまった土地の背景に触れることで、バラバラだった知識を肉付けされた体系化した知識として得ることができました。そして、卒論執筆中はいつも本に書いてある文字からでしか震災当時の状況を想像することができず、「多くの人が亡くなった痛ましい災害」というような認識に陥りやすかったのですが、一筋縄ではいかない植樹作業をしながら住民の方とする対話の中で変化がありました。

 

多くの友人をなくした方。

仕事をなくした方。

家が流された方。

運良く逃げられた方。

 

そこには同じ災害を経験しても、おそらく誰一人として同じ経験をした方はいませんでした。そう思ったとき、ビートたけしさんによる震災後のこの発言をちょうど思い出しました。

今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。 じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。 人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。 ー週刊ポスト2011年4月1日号「21世紀毒談特別編」

 

こんな単純なことを忘れそうになっていたのが恥ずかしいですが、見失ってはいけないそのことを思い出せたことは、これから震災について学ぶにあたりとても意義のあることだったと思います。 今回の旅はバックグラウンドの感受性を高めることができた3日間でした。

 

お話をしてくれた、出会った人たちに本当に感謝しています。 ありがとうございました。 桜の美しい花が咲き誇る頃に、またこの地を訪れることができたら、と思います。